2012年4月21日土曜日

2007年5月19日@中国・北京

ちょっとこのままじゃお金がやばそうなので予算組み直します。

4日間で生活費9,500円 交通費7,500円 宿1,000円

高いよー、助けて。

***

天津に着きました。
あまり発展はしていない様子。
駅前にも特になにもないし。
駅を出る前に天津の地図を買ってしまったので、一応何処か観光してみようとは思ってはみたが、観光地図を眺めるも面白そうな場所、皆無。

よって5分で諦め、北京行きのチケットを購入(42元)。
船長酒店で同宿の日本人に天津からならタクシーで行けるよ。
と聞いていたのでタク引きの運ちゃんに聞いてみたけど、500元。

で、北京到着。
やっぱり発展してますわ。

んでも、上海と違ってキレイ。
というか画一されているという感じ。
ぼくはこっちの方がいいかも。

まずは宿探し。
最初の宿で”1368元”という目玉なくなるかと思う値段を掲示され撃沈。
結局、駅から遠いけど安い(50元/3人部屋)京華飯店に決定。
部屋に入ると誰もいない。
ラッキー、占有?

でも、なんか薄暗い。
ライトの配置、間違ってね?
1個くらいシーリングライトつけてよ。

部屋にいると気分も暗くなってきそうなので、ネットで情報収集でもしようとドアを出たらカードキーが壊れてて中に入れない。(後にカードキーではなかったことが判明)

まーいっか、このままのんびり辺りを散歩するかー。
と思ってたら天安門行きのバスを発見。
RIDE ON。
初バス。

無事着いた。
やっぱガイドブックはいるね。
特に英語すらままならないぼくには。

さて、天安門に着くと思わず吹き出した。
ほんとに毛沢東の肖像画ドカンと掲げられてる。

笑ってる。
毛沢東。

そして俺も毛沢東を笑ってる。
おあいこや。

しかし、いいね北京。
上海ほど道路を渡るのに命を削らなくていいし、中国の伝統様式の建物も多いし、何より突如◯◯門が現れるあたりが奇抜で宜しい。
「人生に疲れたわい」

その後、いよいよお待ちかねの(本当にこの旅行で唯一の目的地らしき目的地である)偽ディズニーへ!!

カメラがないので下見ですが。
そしてうろ覚えの記憶から、なんとなくそれっぽい地名(景山公園)を地図から探し出し、故宮から歩いて出陣。
けっこう歩いたけど(上海や北京は町が巨大すぎて地図の縮尺に惑わされてとんでもない距離を歩くことになる。)なんとか到着。

しかし、なんか様子が変。
遊園地といえば入り口から原色使いのギラギラキラキラしたハッピーでヒッピーなキャラクターたちがお出迎え、というのが万国共通のはず。

しかし、現実は古そうで地味な石造りの門がポツン。
その脇にチケット・オフィスらしき窓口がひっそり。

ぼくは間違えてました。
「景山」ではなく正解は「石景山」。
Look JTBの優しいおじさんが教えてくれた。

仕方がないので近くのカフェ(非常に珍しい)で一服。

なんとなく久々に西洋料理でも食べたいなーと思ったのに訳分からず頼んでみると水ギョーザ。

・・・ま、いいんですが。

しかし、この店は良かった。
何しろ英語がOK、んでフレンドリー。
色々教えてもらったし、偶然にも日本で北京の本を出すために取材している美人日本人記者にも出会い、楽しかった。


浮かれ気分のぼくは敦煌行きのチケットを買うため北京駅へ。
でも、切符を買うのはとても苦手。
「メイオー」。
そう、「ナイヨー」。
なんか教えてくれてるんだろうけど意味不明。

結局買えなかった。
明日、HISの場所を調べて買ってもらおう。
(ちなみに飛行機は1800元)。

で、そのあと、地下鉄とバスを乗り継いで雑技団へ。
苦労してやってきたにも関わらず、辿り着いたらそこは映画館。

???。

紙に「雑技団」と書き、見せると出されたチケットは、なぜかギリシャ悲劇なんですが。
しかも180元。

諦めて近くの安売りスーパーへ(昔のジャパンみたいな。なんで今日のジャパンはあんなに面白みがなくなったのだ!)。
で、ここが非常に面白い。

庶民のナマの生活。
でもさすが、Made in China。
世界が御用達、Made in China。
日本にもありそうなアレやコレやがたくさん。

ぼくがそれを感じたのは”フック”コーナー。
あの冷蔵庫にとかに付けるマグネット付きのフック。
これがたくさん陳列されてるのを見て、「ああ、これも中国で作ってるから陳列されていて当たり前よな」と奇妙な感想を持ったのです。

外に出ても楽しい。
ミニ祭りみたいなのが歩道で行われていた。
フリーマーケットみたいにけっこう若い人が手作り品とかリサイクル品を売っていて、横では屋台、そして路上ダンス講習会、一角には奇声を発しながらせわしなく手拍子をする一団。
これが歩道なので面白い。

道路を挟んだ対岸でも太鼓とシンバルをBGMに羽付き扇子を持ったおばちゃんたちが行ったり来たり。
ジュリアナか。

そういえばスーパーでとっても可愛い小学生用ノートを思わず買ってしまったことを付け足しておこう。

では帰ってパソコンやって寝よ。(と思ったら宿にパソコンはなかった。)

2012年4月18日水曜日

2007年5月18日@中国・上海〜

朝はクラクション。

(京都の)堀川通でもこんなクラクションは鳴ってなかったぞ。
時計を見ると7:30。

ひとまず起きて、カメラだけ持って散歩。
外灘(←未だに書けない)を歩く。

すると巨大な本屋を発見。
入店。
7Fまである。

まずは3Fのビジネス書の所に”広告”コーナー発見。
うおー、これが中国の広告かー。
中国内外の事例を紹介する本が多い中、国内の広告の本の間にそっと自分の名刺を忍ばせた。
これで本当に誰かから連絡が来たら面白いのにな。

午後はチェックアウトして散髪へ。
でもなんて頼んだらいいか分からず躊躇。
にしても、やたらに散髪屋がたくさんある。
日本もそうだけど。

まだ中国は個人商店の勢いがすごい。
とても若いおねんちゃんが水道管のバルブを売っていたりする。
商売が細分化されている。

日本だったらコーナンに行けば何もかもそろうが、ここではゴムはゴム屋、車輪は車輪屋、ネジはネジ屋、照明屋、布屋、錠前屋、レース生地屋。
なんでもかんでも特化している。
と思いきや、それらの同業他社もたくさんいて、さらに何故か密集して立地している。
これも集積の効果というやつか。

というか、さっきから耳鳴りがする。
やかましい国だぜ、中国は。やかまし村か。

いや、それだけじゃない。
なんだか旅行にやってきているのに気分がパッとしない。
なぜだ?
散髪してもらって(指定した髪型と驚くほど違うけど)、頭はパッとしているのに、心は曇り空だ。

こんなことは初めてなのでちょっと不安だ。
ごはんも吐きそうで全部食べられなかった。

もう上海は潮時だ。(早っ)
天津へ向かおう。

北京では眠れる獅子(隠されたミッキーマウス)が待っている。
「さいなら」

***
ぼやっとしていたら寝台列車が走り出した!
今から13時間、走りに走るぞー。

で、この瞬間までに思っていたことを書かねば。

とりあえず、人多い!
知ってたけど。

天津行きの電車に乗るために上海駅に行こうとタクシーに乗ろうと思ってたあ、ホテルのロビーで、新鑑真号で同じ部屋だったバックパッカーと会って、地下鉄で行かない?と誘われ、地下鉄に変更したのです。(←この旅日記始まって以来の長文。)
んで、これが間違い。

地下鉄の入口は地上階とは違ってモダーンでクールでシティボーイな雰囲気なので何の不安もなく入ったのですが、殺人的満員電車。
お父さんにもぶたれたことないのに、じゃなくて東京でも駅員にタックルされて電車に押し込まれたことがないのに、まさか上海で経験するとは。

そして上海駅も予想通り大混雑。
どうなってるんだろうこの国は。
みんなでっかいカバンに何か詰めて、インスタントラーメン。
みんな食ってる。
俺も食いたい。

でもみんなが入れるくらい上海駅もでかい。
超でかい。
列車もでかい。
21両。

にしても快適すぎるぞ、軟臥!
テレビが付いているし、空調も操作できるし車内も清潔清潔。
高いだけありますわー。
って言い訳がましいので止めよ、次からは硬臥買うまでねばるぞ。

いまやってる中国映画もアホすぎて面白いわー。

2012年4月17日火曜日

2007年5月17日@中国・上海

朝の6時起床。
いや、時差があるので5時起床だ。

今、目の前に蘇州川(?)がある。
中国大陸だ。

上海はこの川を通ってぐんぐん大陸に入っていったところにある。
まるで中国の魔力に吸い込まれるように。

川沿いには無数の貨物船が停泊し、赤いクレーンの怪物とにらめっこしている。
中国の船はとても平べったい。(今思えば、これが艀との出会いだった。12年4月16日)

***

上陸した。

千里の道も一歩から。
ぼくの一歩は上海だ。

今は一日が終わろうとしている静かなユースホステルのロビーでファミマの100%うまくないいかない開封方法のおにぎりを食って、旅の疲れを癒しているとこだ。

一日ってこんな長いんだ。

今日は色んなことがあった。

まず上陸して、早速、税関で呼ばれた。
他の日本人はスルーなのに。
どうやらギターに麦わら帽子は怪しいらしい。

外に出ると日本人が溜まっている。
宿に行くタクシーを待っている。

その中になにやら見覚えのある顔が。
声をかけるとやはりD大学商学部の学友ではあるまいか。

彼と2人で歩いて外灘(バンド)へ。
彼は50元の安宿を求めているらしい。

途中、中国銀行で両替。
銀行内のモニターで関係ないCMが流れている。
なんでだろう?

初宿はなかなか良さ気なユースホステル。
船長青年酒店。
Uに教えてもらった。

荷物を置いてロビーで電話。
銀歯を詰めなくちゃ。
四苦八苦して電話が通じると、向こうから溢れ出したのは優しげなおじさんの声。
明日、北京に出発すると言うと、なんと休診日にもかかわらず診てくれることに。
住所が分からないので宿のスタッフに手伝ってもらい、ぼくは西典歯科へと歩き出した。

その途中、とても気分が悪くなる。
たぶん、ホコリのせいだろう。
そしてこの暑さ。
しかも歩けど歩けど全然着かない。
どうやら徒歩20分ではなく、タクシーで20分の間違いだったらしい。

何はともあれ到着するとなんと優しそうな助手たちだろうか。
暖かく迎え入れられた。
しかも日本語の問診票。助かる。
あの電話の声の主、渡辺先生も登場。
人の良さそうな(しかしダンディな)おじさんだった。

さっそく治療開始。
中国だから廃墟のようなところで原始的な道具で治療されると思っていたが、そんなことは全然ない。
日本と全く同じ最新設備、いやロケーションがビルの7Fで開放感がある分、日本より上だ。
腕もしっかりしているようだし、日本での保険料返金の手はずも整えてくれてすごく良かった。
もし万が一、たぶんないけど、この日記を読んでいて運良く(運悪く?)上海で歯が抜けたという人のために西典歯科の場所を書いておこう。

外灘からは遠いのでタクシーで向かう。
江定路と康定路のクロスの西南にあるビルの7F。
あなたの歯の健康をお祈りします。

さて、歯医者を出たぼくは、北京行きの列車の切符を買うために上海駅へ。

でかい。

そして、人で溢れている。
そして、そこら辺で寝そべって待てるように広場も広場ででかい。
そして、切符売り場は狭い。
というか、いきなり窓口が閉まる。
休憩時間なのか。

とりあえず、北京行きの硬臥なんて全くない。
このまま待っていれば5日はかかりそうだ。

というわけで目的地を天津に変更。
天津から北京は近いし。

でも”ENGLISH SPEAKING SERVICE"のところで買ったのに全く何を言っているのか分からず適当にOKOKと言っていたら軟座のチケットが出てきた。

出発日は明日だ。
ほんと適当だったので自己嫌悪に陥る。
今後は何か対策を考えねば。

でもまぁ、チケットをゲットできたしいっか。

宿に帰ってひと眠りしたらなぜか膝がむっちゃ痛い。
急いで歩いたからだろうか。
めっちゃ痛い。
でもシャワー浴びたら治った。

とりあえず今日はこんな感じ。

もっとコミュニケーションしていんかなー。
と焦りを感じつつ、明日へ行く。

P.S.Uからもらったマグライト紛失。
ほんとごめん。
すでに有難みが身に染みる。














「(ええ声〜!)」

2012年4月13日金曜日

2007年5月16日@日本〜中国・東シナ海海上

朝起きてみると雨。
小さな雨粒が窓をたたいている。

相変わらず暇人号。
ぼくは暇人号の暇人の中でもひときわ暇人である。

外が晴れたらギターでも弾こう。
晴れそうもないけど。

***

雨が止んだのでギターを弾いてみる。
波しぶきと風の音で全然聞こえない。

5分で終了。

その後、自分が何をしていたかよく覚えていない。

そんなこんなで9時になってしまった。

Uが、「移動ばかりしていると『一体俺は何やってんやろう』と思う」と言っていたわけが分かる気がする。

その話の中で、1つ印象に残っていることは、「何か目的を持って旅行した方が良いよ」ということだ。
そして、その国の事情を知るには、町で一番大きな本屋に行くのが良いと教えられた。

とりあえず、上海ではバブリーな広告状況を見物することにしよう。

こんな曇り空じゃ満天の星空も期待できないし、いか漁船もどうやらもう出ないらしいし、そろそろ明日に備えて眠ることにします。

2012年4月11日水曜日

2007年5月15日@日本:神戸

いよいよだ。
いよいよいよいよいよいよだ。

と、思っていたら、今、我が母港神戸を出航してしまった。
ぼくはこれからどんな人間になるんだろう。

ぼくは最後まで自分のスタイルを追求したい。


ぼくの出発は天才的なものだった。

新鑑真号の出航1時間前、姉貴がくれたハイソフト。
ひと噛みしたら何やら違和感が。
銀歯が取れました。
そのまま出発。
ポケットに銀歯を忍ばせて。
上海の歯医者は腕がいいだろうか?

***

なんだか暇だからまた日記を書き始める午後4時半。

船室は2段ベッドが両脇に1つずつ配置された2等室。
ぼくは窓側の上段ベッドである。

その上に寝転がって日記を書いている。

ベッドの端には、まるで抱き枕のようにギターとザックが大きな面積を陣取っている。

さっきからハイテンションの自分と無感動な自分がゆっくりな波のように交代交代でやってくる。

誰かとコミュニケーションしたいなぁ。
とか思う。
ビールを飲む。
めちゃくちゃ冷たい。
キンキンのビールともお別れか。
とか思う。
子どもが遊んでいる。
子どもは何も気負わず、幸せの天才だなぁ。
とか思う。
とりあえず、雑念がめきめき溢れ出してくる。

ぼくの日常はもうはるか彼方だ。
うわー、めっちゃ楽しくなってきた!!

***

ビールを片手に船内図書のマルコポーロ『東方見聞録』を読んでいるとすごい発見が。
何気なく挟まれていたしおりを見てみると、表面はレトロなアイドルが新潮社の宣伝をしている。
そして、裏をめくるとカレンダーになっているのだが、その年度に驚がく。
1979年。
おお、やはり3000年の歴史の国は違う。

「いってきます」


2012年4月7日土曜日

東大阪(大阪)

二日酔い、というか寝不足の朝、というのはどうも切ない。
明け方まで会社の先輩らと馬鹿騒ぎしたので、朝、隣のおっちゃんと顔を合わすのはバツが悪かった。

明らかに悪い体調にムチ打って本棚をつくる。

重たい汗がにじむ。

今日は鹿児島県で27度を観測したという。
観測史上最も暑い11月なのだそうだ。

本棚が完成したのは17時前。

「どうしよう」と思う。

本来、今日はとなり町観光の日である。
しかしすでに町は日没を迎えようとしている。
そして気を抜くとまぶたが落ちてくる。

今までで最低のスタート。
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でも出発。
決めたことはやらねばならねばならぬのだ。

目的地は、東大阪。

特に馴染みがあるわけではない。
町工場のまち、音信不通になった友人がいるはずのまち。
それだけが僕のもっている東大阪の印象だ。

JRと地下鉄を乗り継いで高井田までは30分足らず。
まさにとなり町。

しかし今回は自転車で行くことに。

今の家から東へはほんとんど行ったことがない。
どんな街並みが広がっているんだろう。

自転車をこぎ始めて10分。
体の不調とは裏腹に、気分が高揚してくるのを感じる。

桜の宮を過ぎ、都島区に入ると下町が延々続く。

団地の窓からリコーダーの音が聞こえる。
銭湯の前に集まったカラフルな自転車、野球少年の帰り道。

公園の角の店に座って、下町の雰囲気とたこ焼き10個を味わう。

途中、放出を通り、すぐに目的地、高井田につく。
どこもかしこも町工場。
明日が楽しみだ。

宿は布施。
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えべっさんの町ということで景気の良さそうな商店街が広がり、歓楽街と飲み屋が軒を連ねている。
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「布施で一軒しかない」という宿に荷物を置いて、その内の一軒の大衆酒場で晩めし。
ポテサラ・串かつの盛り合わせ。
ビール2杯。
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さすがに体調が悪く、ちょっと辺りを散歩してすぐに床についた。
21時半頃。
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8時、起床。
ここのとこ平日も休日も規則正しい。

久々にテレビを見て、今年の美魔女日本一やNHKの連ドラでは要塞屋の話をやっていることや暗算九段に合格した少女のことを知る。

探偵ナイトスクープの岡部まりさん似の女将さんに見送られ、9時過ぎに宿を出る。
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町は予想以上に忙しく働いていた。
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昨日は、ひっそりしていた高井田町に金属の切断音、プレス機の蒸気の音、フォークリフトの走る音などが町の声となって響いている。
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その声は高井田を離れてもどこまでもついてくる。

これが町工場6000の町。


市役所の隣には、中小メーカー支援、産学官連携の拠点である「クリエイションコア東大阪」が建っている。
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東大阪で生まれた人工衛星「まいど1号」を作成した宇宙航空開発機構も入っている。
あ、母校のサテライトもある。

反射度の高く色再現性に優れた鏡やカーボンの加工技術や歯ブラシなど色々展示を見て、出発。
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工場の空気の悪さとトラックの騒音にそろそろ疲れてきたので、石切を目指す。
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石切は、生駒山麓に建立された劔箭神社を中心とした古い門前町だ。
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ウィキペディア・神社公式HPによると、神武天皇2年に天皇の側近であった物部氏・穂積氏によって創建されたという。
祭祀は、代々木積氏が行っており、先祖の穂積から転じたとしている。
主祭神は二つ。天照の孫饒速日尊(にぎはやひのみこと)と、その子どもである可美真手命(うましまでのみこと) 。

可美真手命は、物部氏の祖らしい。ほう。
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とにかくえらく古い社。おかげさまでたくさんの参拝客がいてびっくり。

特に細く急な参道の賑わいには驚いた。
とにかく占い屋が多い。

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その占いの聖地で引いたおみくじは大吉。
縁起がいい。

坂の多い街なので、自転車ではとても辛いけど、その分、山の中腹に立つホテルの温泉は格別だった。
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露天からは大阪平野が一望できる。

やはり山が近いと落ち着く。
六甲出身としての性か。

ホテルの喫茶室でひと息ついた後、自転車で石切の坂を一気に駆け下る。

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帰路、鶴見緑地とTRUCK FURNITUREに立ち寄る。
トラックのカフェはよかった。
ワイン2杯。カレーもうまかった。

そしてこの日記を書いている今に到着したので、これにて今回のとなり町観光はおしまい。

さあ、帰ろ。

***何が言いたいのか分かるようで分からない看板(同じ”花壇”に立っていました)